年金で海外移住はできる?【2026年】受給中・受給前の手続き、税金、国別ビザの条件

「年金で海外移住はできるのか」への答えは、できます。日本の公的年金(国民年金・厚生年金)は、受給資格(原則10年)を満たしていれば、海外に住んでいても受け取れます。ただし、海外へ移ると次の3つが変わります。①日本年金機構への届出と、毎年の「現況届」が必要になる、②日本の税法上の非居住者として、年金のうち月9万5,000円(65歳未満は5万円)を超える部分に20.42%の源泉徴収がかかる(租税条約の届出で免除される国もある)、③住民票を抜くと国民健康保険・介護保険・後期高齢者医療の資格を失う。また、すでに年金を受け取っている人と、受け取る前(50代など)に移住する人とでは、準備することが違います。本記事では両者を章で分け、日本年金機構・国税庁・厚生労働省などの公表情報にもとづいて次の項目を整理します。

  • 受給中の人:出国前の届出、受取口座と送金通貨、毎年の現況届
  • 受給前の人:国民年金の任意加入、カラ期間(合算対象期間)、海外からの年金請求
  • 社会保障協定で海外の加入期間と合わせられる国
  • 年金にかかる日本の税金と、租税条約で免除される国
  • 健康保険・介護保険の扱い
  • 年金額で条件を満たせるビザ(タイ・マレーシア・フィリピン・ポルトガル・スペイン・ギリシャ)

※本記事は2026年9月29日時点の公表情報(日本年金機構、厚生労働省、国税庁、財務省、外務省、各市区町村、各国の政府機関・在外公館など)をもとにした一般的な解説です。制度・金額・為替は変わります。円換算は1米ドル=157.46円、1ユーロ=178.92円、1タイバーツ=4.69円(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 2026年9月29日 公表仲値)。年金の請求・税務の個別判断は、年金事務所・税務署・税理士などへご確認ください。

目次

  1. 結論:年金は海外でも受け取れる。移住前に決めるのは「届出・税金・医療保険」
  2. 【受給中の人】出国前の届出と、受取口座の選び方
  3. 【受給中の人】海外で毎年やること:現況届と在留証明
  4. 【受給前の人】50〜64歳で移住する場合:任意加入・カラ期間・海外からの請求
  5. 社会保障協定:海外で働いた期間の年金と合わせられるか
  6. 税金:日本で源泉徴収されるか、移住先で課税されるか
  7. 健康保険・介護保険:住民票を抜くと国保・介護保険・後期高齢者医療は使えない
  8. 国別比較:年金額で条件を満たせるビザ
  9. よくある質問
  10. まとめ:年金で海外移住するなら、ビザ・税金・医療保険を同時に決める

結論:年金は海外でも受け取れる。移住前に決めるのは「届出・税金・医療保険」

日本の年金は、住んでいる国に関係なく受け取れます。国内に住む場合と比べて変わるのは、手続きと税金と医療保険です。受給中の人と受給前の人で、必要な準備を並べると次のとおりです。

受給中に移住する人と、受給前に移住する人の違い(2026年9月29日時点)
項目年金を受給中に移住する人年金を受給する前に移住する人
日本年金機構への届出「外国居住年金受給権者 住所・受取金融機関 登録(変更)届」を、年金支払日の前々月末日までに提出受給開始年齢になったら、日本で最後に住んだ住所地の年金事務所へ年金請求書を提出。海外在住者には請求書が事前送付されない
毎年の手続き「現況届」に在留証明を添えて、誕生月の末日までに提出任意加入するなら保険料の納付(国内の協力者か日本の口座から)
国民年金の加入—強制加入ではなくなる。日本国籍なら20歳以上65歳未満で任意加入できる。任意加入しない期間のうち60歳未満の分はカラ期間(受給資格の10年に数えるが年金額には反映されない)
日本の税金非居住者として20.42%の源泉徴収(月9万5,000円(65歳未満は5万円)を差し引いた額に課税)。租税条約の相手国によっては届出で免除受給開始後は左と同じ
医療保険住民票を海外へ移すと、国民健康保険・介護保険(75歳以上は後期高齢者医療)の資格を失う同じく国民健康保険の資格を失う。会社員だった人は任意継続の扱いを確認

年金額の目安は、厚生年金(基礎年金を含む)の平均が月151,142円(令和6年度末)、老齢基礎年金(国民年金)の平均は約6万円です(厚生年金をあわせて受け取る人を含む)。令和8年度の国民年金の満額は1人月70,608円、夫婦2人のモデル年金(夫が平均的な収入で40年働いた世帯)は月237,279円です。後の章で見るとおり、この金額で条件を満たせるビザと、満たせないビザがはっきり分かれます。

永住権・長期滞在ビザ・市民権の違いは永住権・市民権・ビザ・税務居住地の違いの解説を、各国のビザ費用の一覧は世界各国の永住権・長期滞在ビザの費用まとめをご覧ください。

【受給中の人】出国前の届出と、受取口座の選び方

出国前に出す届出

年金を受け取っている人が海外に住むときは、「外国居住年金受給権者 住所・受取金融機関 登録(変更)届」を日本年金機構に出します。提出期限は年金支払日の前々月末日です。たとえば4月15日の支払分から海外の住所・口座に切り替えるなら、2月末日が期限になります。

年金受給者が海外へ移るときの手続き
時期手続き提出先
出国前(年金支払日の前々月末日まで)外国居住年金受給権者 住所・受取金融機関 登録(変更)届。海外の口座を指定する場合は口座証明・通帳の写しなどを添付日本年金機構
出国前(初回の支払日の前日まで)租税条約の相手国に住む場合は「租税条約に関する届出書(様式9)」を2部。米国に住む場合は、あわせて「特典条項に関する付表(様式17-米)」と米国歳入庁の居住者証明書(Form 6166)日本年金機構(支払者)を経由して税務署へ
出国前年金生活者支援給付金を受けている人は「年金生活者支援給付金 不支給事由該当届」(海外に住むと給付金は支給されない)年金事務所
出国予定日の14日前から(多くの市区町村)住民票の国外転出届(1年以上海外に住む場合)。海外から現況届をe-Govで出したい人は、出国前日までにマイナンバーカードの継続利用の手続きも行う市区町村
海外に住んでから毎年現況届+在留証明(誕生月の末日まで)日本年金機構
海外で住所・口座を変えたとき上と同じ登録(変更)届日本年金機構

国内の受給者は、マイナンバーで住所の変更が自動的に反映されるため、原則として住所変更届がいりません。海外へ移る場合はこの仕組みが使えないため、自分で届け出る必要があります。

日本の口座と海外の口座の違い

年金の受取先の比較
受取先通貨主な注意点
日本の銀行口座円海外に住んでいても指定できる(ゆうちょ銀行は不可)。現地で使うには、海外送金や国際キャッシュカードなど、口座から現地へお金を動かす手段が別に要る。非居住者になると取引を制限する銀行もあるため、出国前に取引銀行に確認する
海外の銀行口座国ごとに決まっている(下の表)。本人が通貨を選ぶことはできない届書の氏名(ローマ字)が口座名義になるため、口座名義と一致させる(違うと振り込めない場合がある)。欧州・中東はIBANの記入が原則。中継銀行のSWIFTコードは登録できない。切り替え後、最初の振込まで3〜4週間かかることがある
海外の口座へ送金するときの通貨(日本年金機構「国別送金通貨一覧」2026年3月現在)
送金通貨主な国
ユーロポルトガル、スペイン、ギリシャ、フランス、ドイツ、イタリアなどユーロ圏の国
その国の通貨オーストラリア(豪ドル)、カナダ(カナダドル)、ニュージーランド(NZドル)、シンガポール(シンガポールドル)、英国(英ポンド)、スイス(スイスフラン)、スウェーデン・ノルウェー・デンマーク(各国のクローネ)
米ドル上記以外の国(タイ、マレーシア、フィリピン、米国など)。イラン、ミャンマーなど一部の国は日本の金融機関でのみ受け取れる

タイ・マレーシア・フィリピンに住む人が現地の口座で受け取ると、年金は円→米ドルで送金され、現地の銀行で米ドル→現地通貨に替えることになります。受取側の銀行の手数料や、外貨を替えるときのレート(銀行の売値と買値の差)は受取銀行の規定によるため、口座を開く前に確認してください。為替の手数料が実際にいくらになるかは外国送金の為替コスト(スプレッド)の解説で説明しています。

年金は国内と同じく偶数月の15日に、前月までの2か月分が支払われます。海外の口座では、実際に入金される日が国や銀行によって異なります。

【受給中の人】海外で毎年やること:現況届と在留証明

国内に住む受給者は、住民基本台帳の情報で生存が確認できるため、原則として現況届を出しません。海外に住む受給者は、年1回の現況届が必須です。

海外在住者の現況届(日本年金機構)
項目内容
提出期限毎年、誕生月の末日まで
届く時期誕生月の3か月前に日本年金機構から送られてくる(2025年4月以降)
添付書類(日本国籍の人)日本の大使館・総領事館が発行する在留証明。誕生月を含めて過去6か月以内に証明を受けたもの
提出方法郵送(中央年金センター)。マイナンバーカードがあればe-Gov電子申請も可
出さなかった場合年金の支払いが一時止まる。届が日本年金機構に届けば、止まっていた分はさかのぼって支払われる(届いてから2か月程度かかる)

在留証明は、現地にすでに3か月以上滞在して住んでいる日本国籍の人が、在外公館で申請できる証明で、原則として日本に住民登録がないことも条件です(手数料は1通1,200円相当)。旅券と、現地の滞在許可証や公共料金の請求書など住所を確認できる書類が必要です。2025年5月27日からは、電子化した在留証明(e-証明書)も取得できるようになりました(対応状況は在外公館によって異なります)。

移住直後で滞在が3か月に満たないうちに誕生月が来る場合など、在留証明が取れない時期があります。出国前に、最初の現況届がいつ届き、その時点で在留証明を取れるかを確認しておくと、支払いが止まるのを防げます。

【受給前の人】50〜64歳で移住する場合:任意加入・カラ期間・海外からの請求

年金を受け取る前に海外へ移ると、国民年金の強制加入ではなくなります。選択肢は、①任意加入して保険料を払い続ける、②任意加入せず、その期間を「カラ期間」として受給資格にだけ数える、の2つです。出国前の手続きは次のとおりです。

年金を受け取る前に海外へ移る人の出国前の手続き
手続き内容提出先
国民年金の任意加入(する場合)出国前に申し込む。保険料は日本の口座からの引き落としか、国内の協力者による納付住所地の市区町村
iDeCo任意加入するなら加入者のまま、しないなら運用指図者への変更手続き加入している金融機関
住民票の国外転出届1年以上海外に住む場合。国民健康保険・国民年金の強制加入が終わる市区町村
マイナンバーカードの継続利用海外でもカードを使う場合(e-Govでの手続きなど)。出国前日まで市区町村
健康保険退職直後なら任意継続(最長2年)を続けるかを決める(下の「健康保険・介護保険」の章を参照)加入していた健康保険
日本の銀行口座保険料の引き落としと将来の年金受取に使う口座を、非居住者になっても維持できるか確認取引銀行
年金の加入記録ねんきん定期便などで加入月数を確認し、任意加入するか・何年するかを決める—

国民年金の任意加入

海外在住者の国民年金の任意加入(日本年金機構)
項目内容
対象海外に住む日本国籍の人で、20歳以上65歳未満。60歳以上は、20〜59歳の保険料の納付月数が480月(40年)未満で、繰上げ受給をしていない人に限る
保険料月17,920円(令和8年度)。付加保険料(月400円)も納められる
納め方日本にいる親族などの協力者が代わりに納めるか、日本の預貯金口座から引き落とす
申込先出国前は住所地の市区町村。出国後は、協力者がいれば最後の住所地の市区町村、いなければ最後の住所地を管轄する年金事務所
保障保険料を納めていれば、海外にいる間の障害基礎年金・遺族基礎年金の対象になる

任意加入の効果を令和8年度の金額で計算すると、5年(60か月)加入すれば、老齢基礎年金は年約10.6万円増えます(満額847,300円×60/480)。払う保険料は1,075,200円なので、65歳から受け取って約10年で元が取れる計算です(日本で源泉徴収がかかる国に住む場合は、回収にかかる年数はこれより長くなります)。付加保険料は、月400円を納めると「200円×納めた月数」が年金額に上乗せされるため、2年で元が取れます。なお、保険料と年金額は毎年度改定されます。

日本国籍があれば、任意加入している間は iDeCo(個人型確定拠出年金)にも加入を続けられます(2022年5月から)。任意加入しない場合、iDeCoは掛金を出せなくなり、運用の指図だけを続ける「運用指図者」になります。

カラ期間(合算対象期間):今まで払った分は無駄にならない

1986年(昭和61年)4月以降、日本国籍の人が20歳以上60歳未満で海外に住み、任意加入しなかった期間は「カラ期間(合算対象期間)」になります。カラ期間は、年金額には反映されませんが、受給資格の10年には数えられます。

たとえば、日本で8年間保険料を納め、その後12年間海外に住んだ人は、納付8年+カラ期間12年=20年で受給資格の10年を満たします。受け取れる老齢基礎年金は納付した8年分で、令和8年度の金額では年169,460円(満額×96/480)です。「海外に移住すると、今まで払った年金がもらえなくなる」ことは、日本国籍のままであれば、基本的に起きません。

受給開始年齢と、海外からの年金請求

老齢年金の受け取り方(日本年金機構)
受け取り方時期年金額
通常65歳から—(1962年4月2日〜1966年4月1日生まれの女性で厚生年金の加入期間が1年以上ある人は、63〜64歳から特別支給の老齢厚生年金がある)
繰上げ60〜64歳1か月あたり0.4%減額(1962年4月2日以降生まれ。最大24%)。減額は一生続き、請求後に取り消せない。繰上げ後は国民年金に任意加入できない
繰下げ66〜75歳1か月あたり0.7%増額(最大84%)(1952年4月2日以降生まれ)

海外に住んでいる人には、受給開始年齢の前に届く「年金請求書(事前送付用)」が送られてきません。自分で年金請求書を用意し、受給開始年齢の誕生日の前日以降に、日本で最後に住んだ住所地を管轄する年金事務所(または街角の年金相談センター)へ提出します。年金請求書の様式は日本年金機構のホームページから入手できます。このとき、前の章の「外国居住年金受給権者 住所・受取金融機関 登録(変更)届」も必ず添付し、租税条約で免除される国に住んでいる場合は「租税条約に関する届出書(様式9)」もあわせて出します。企業年金(確定給付企業年金や企業年金基金など)を受け取る人は、支払元ごとに別に住所・口座の届出が必要です。

戸籍謄本などの添付書類は、受給権が発生した日以降に交付され、かつ請求書の提出日から6か月以内のものが必要です。海外にいながら戸籍謄本を取る方法は、海外からの戸籍謄本の取り寄せで説明しています。期間を通算できる社会保障協定の相手国に住み、その国の加入期間もある人は、相手国の年金機関を通じて日本の年金を請求することもできます。

配偶者がいる人は加給年金に注意

厚生年金の加入期間が20年以上ある人が65歳になったとき、生計を維持している65歳未満の配偶者がいれば、老齢厚生年金に加給年金が加わります。令和8年度の額は、配偶者分が年243,800円に特別加算(受給者が1943年4月2日以後生まれなら179,900円)を足した年423,700円で、配偶者が65歳になるまで支給されます。海外に住んでいても受け取れますが、請求時に生計維持関係を示す書類が必要です。

注意したいのは繰下げとの関係です。老齢厚生年金を繰り下げて待っている間は加給年金を受け取れず、繰下げによる増額の対象にもなりません。配偶者が年下の人は、繰り下げるかどうかを加給年金の額と合わせて判断してください。

社会保障協定:海外で働いた期間の年金と合わせられるか

社会保障協定は、日本と相手国の年金制度に二重に加入することを防ぎ、両国の加入期間を合わせて(通算して)受給資格を判定するための協定です。通算できれば、日本の加入期間が10年に届かなくても、相手国の期間と合わせて日本の年金を受け取れる場合があります。

社会保障協定の締結状況(厚生労働省、2026年6月2日現在)
状況国
発効済み(24か国)ドイツ、英国、韓国、米国、ベルギー、フランス、カナダ、オーストラリア、オランダ、チェコ、スペイン、アイルランド、ブラジル、スイス、ハンガリー、インド、ルクセンブルク、フィリピン、スロバキア、中国、フィンランド、スウェーデン、イタリア、オーストリア
うち期間の通算がない国英国、韓国、中国、イタリア(二重加入の防止のみ)
署名済み(未発効)ポーランド(2026年4月署名)
交渉中・予備協議中トルコ、ノルウェー、ベトナム(交渉中)、タイ(予備協議中等)
協定なし(主な移住先)マレーシア、シンガポール、ポルトガル、ギリシャ、UAE、台湾、ニュージーランド、インドネシアなど

退職後に移住する人の多くは移住先で働かないため、協定の有無が年金額に影響することは多くありません。影響が出るのは、過去に協定の相手国で働いて保険料を納めた期間がある人です。過去に働いた国が協定の相手国であれば、その国の加入期間と合わせて、日本とその国の両方から年金を受け取れる可能性があります。なお、移住先で働いたり事業をしたりする場合は、協定の有無にかかわらず、その国の社会保険への加入義務が生じることがあります。

税金:日本で源泉徴収されるか、移住先で課税されるか

非居住者の年金には20.42%の源泉徴収

海外に住んで日本の税法上の非居住者になると、公的年金には20.42%(所得税20%+復興特別所得税)の源泉徴収がかかります。課税されるのは、年金額から「月5万円(65歳以上は9万5,000円)×年金の月数」を差し引いた部分です。非居住者の年金は、この源泉徴収だけで課税が終わり(源泉分離課税)、確定申告で医療費控除などを使うことはできません。

源泉徴収額の目安(65歳以上、国税庁No.2884の計算方法による概算)
年金の月額2か月分の支払額差し引く額源泉徴収額(2か月分)年間
厚生年金の平均 151,142円302,284円190,000円22,928円約13.8万円
国民年金の満額 70,608円141,216円190,000円0円0円

国内に住んでいれば、65歳以上で年金が年1,813,704円の人は、公的年金等控除(110万円)と基礎控除(令和8年分は合計所得132万円以下で104万円)により、所得税はかかりません。非居住者になると控除の仕組みが変わるため、同じ年金額でも日本で年約13.8万円の源泉徴収がかかることになります(国内に住む場合は住民税や国保・介護保険料がかかるため、負担全体の差はこれより小さくなります)。この源泉徴収を免除できるのが、次の租税条約です。

租税条約で日本の課税が免除される国・されない国

日本と移住先の国の租税条約で「年金は居住地国だけが課税する」と定められていれば、「租税条約に関する届出書(様式9)」を出すことで日本の源泉徴収が免除されます。届出は最初の支払日の前日までに、年金の支払者(日本年金機構)を経由して提出します。日本年金機構は、この届出で年金の源泉徴収が免除される国・地域を「租税条約等締結国一覧」(2025年1月現在で75か国・地域)として公表しており、マレーシア、フィリピン、ポルトガル、ギリシャ、スペイン、シンガポール、オーストラリア、米国などは載っていますが、タイは載っていません。

主な移住先の租税条約と年金の課税(財務省・外務省の条約本文などにもとづく)
国条約の規定日本の源泉徴収(20.42%)移住先での年金の課税
タイ公務員の年金を除き退職年金の条文がなく、「その他の所得」の条文(第20条3)で日本も課税できる免除されないタイの税務居住者(年180日以上)が2024年1月1日以降に得た国外所得をタイへ持ち込むと課税対象。条約上、日本で納めた税はタイの税額から差し引ける(第21条)
マレーシア第18条:「過去の勤務につき」支払われる退職年金は居住地国のみが課税様式9で免除(日本年金機構の一覧に掲載)居住者個人の国外源泉所得は2036年12月31日まで非課税。ただし「源泉地国で課税されていること」という条件がある(表の下で説明)
フィリピン第18条:マレーシアと同じ「過去の勤務につき」の規定。2026年5月28日に新条約が署名済み(未発効)様式9で免除(日本年金機構の一覧に掲載)外国人は居住者でもフィリピン国内源泉の所得だけが課税対象のため、日本の年金は課税されない(フィリピンで働いて得る所得は別)
ポルトガル第17条:退職年金は居住地国のみが課税様式9で免除通常の累進税率で課税。年金に10%を適用していた旧制度(NHR)は2024年に廃止され、後継の制度(IFICI)は年金を対象外としている
ギリシャ第17条:居住地国のみが課税(2024年12月5日発効、2025年1月1日以降の支払から適用)様式9で免除国外所得に一律7%を課す特例(5B条。過去6年のうち5年ギリシャの税務居住者でないことなどが条件)
米国第17条:社会保障給付を含め居住地国のみが課税様式9+様式17-米+Form 6166で免除米国で課税

タイは租税条約があっても日本の源泉徴収が残るという点が、ほかの国と違います。タイで年金を受け取る人は、日本で源泉徴収(月9万5,000円を超える部分に20.42%。65歳以上の場合)を受けたうえで、タイに送金した年はタイの申告が必要になる可能性があります。タイの送金課税の詳細はタイ移住の条件と費用で解説しています。

マレーシアは、国外源泉所得の非課税に「源泉地国で課税されていること」という条件を付けています。様式9で日本の源泉徴収を免除した年金がこの条件を満たすかどうかは、マレーシアの規定だけでは明確ではありません。日本とマレーシアのどちらでも課税されない前提で資金計画を立てる前に、マレーシアの税務の専門家に確認してください。

住民税は、1月1日に日本に住所がある人に課税されます。年の途中で海外へ移っても、その年度の住民税は全額かかります。翌年1月1日に日本に住所がなければ、翌年度からは課税されません。出国の年の所得税・住民税、納税管理人、NISA・iDeCoなど年金以外の手続きは海外移住の税金と住民票の手続きで解説しています。

健康保険・介護保険:住民票を抜くと国保・介護保険・後期高齢者医療は使えない

住民票を海外へ移したときの公的保険(各市区町村の案内)
制度海外転出後補足
国民健康保険資格を失う転出届を出さなければ資格が続き、保険料もかかる
介護保険資格を失う65歳以上(第1号被保険者)も40〜64歳(第2号被保険者)も資格を失い、保険料はかからなくなる。日本の介護サービスは使えない
後期高齢者医療(75歳以上)資格を失う保険証(資格確認書)を市区町村へ返す
海外療養費対象外国保の加入者が旅行中などに海外で急病になった場合の制度。住民票を抜いた人は加入者ではない。治療目的の渡航も対象外
一時帰国中の受診国保に入れない生活の拠点が海外にある人は一時帰国で国保に加入できないため、日本の病院では全額自己負担

1年以上海外に住む場合は住民票の国外転出届が必要とされており、国保を使い続けるために住民票を残す方法は、制度上想定されていません。移住後の医療は、移住先の民間医療保険が中心になります。タイのO-Aビザのように、医療保険への加入がビザの条件になっている国もあります。高齢になるほど民間保険の保険料は上がり、加入できる年齢に上限がある商品もあるため、移住先の医療保険に入れるかどうかは、ビザより先に確認するのが安全です。

会社を退職してすぐ移住する人は、勤務先の健康保険の任意継続(最長2年)を続けられます。協会けんぽが挙げる資格を失う理由に海外への転居は含まれておらず、保険料を納めていれば海外で急病になったときの海外療養費の対象にもなります(治療目的の渡航は対象外)。ただし2020年4月から、健康保険の被扶養者は原則として日本国内に住所があることが条件になっており、留学や海外赴任への同行などの例外に当たらない限り、一緒に移住する配偶者は被扶養者から外れます。

国別比較:年金額で条件を満たせるビザ

年金で暮らす人向けのビザは、「毎月の年金額」か「預金額」のどちらかで条件を満たす仕組みが多くなっています。主な国の条件を、日本の年金額と並べると次のとおりです。

年金受給者が使える主なビザ(2026年9月29日時点、円換算は2026年9月29日の仲値)
国・ビザ年齢年金・収入の条件預金・そのほかの条件厚生年金の平均月額(15.1万円)で届くか
タイ(リタイアメント:O-A/Non-O)50歳以上月65,000バーツ(約30.5万円)以上の収入または預金80万バーツ(約375万円)(両者の組み合わせも可)。O-Aは医療保険(US$100,000(約1,575万円)または300万バーツ(約1,407万円)以上)が必要収入では届かない。預金で満たすのが現実的
タイ(LTR:年金受給者枠)50歳以上年金など不労所得が年US$80,000(約1,260万円)または年US$40,000(約630万円)+タイへUS$250,000(約3,937万円)の投資届かない
マレーシア(MM2H シルバー)25歳以上収入の条件は設けられていない定期預金US$150,000(約2,362万円)+不動産の購入(最低価格は州により60万〜100万リンギ)年金額は条件ではない(資産で満たす)
マレーシア(MM2H SEZ/SFZ)21歳以上収入の条件は設けられていない50歳以上は定期預金US$32,000(約504万円)。ジョホール州フォレストシティ内の物件の購入が必要年金額は条件ではない(預金と物件購入で満たす)
フィリピン(SRRV クラシック・年金あり)40歳以上年金が月US$800(約12.6万円)以上(家族同伴は月US$1,000(約15.7万円)以上)預金US$15,000(約236万円)(50歳以上)。40〜49歳はUS$25,000(約394万円)単身なら届く。家族同伴の基準(月US$1,000(約15.7万円))は平均額をやや上回る。預金も必要
フィリピン(SRRV クラシック・年金なし)40歳以上収入の条件なし預金US$30,000(約472万円)(50歳以上)。40〜49歳はUS$50,000(約787万円)年金額は条件ではない(預金で満たす)
ポルトガル(D7)制限なし年金・家賃・配当などの不労所得で月920ユーロ(約16.5万円)以上(配偶者は50%、子は30%を加算)住居の確保など。給与やフリーランスの報酬は原則として対象外(リモートワーク収入はD8ビザ)単身でも届かない(夫婦のモデル年金でも基準に届かない)
スペイン(非営利居住)制限なし年28,800ユーロ(約515万円)(月2,400ユーロ(約42.9万円))+扶養家族1人につき年7,200ユーロ(約129万円)就労は不可届かない(資産で示す必要がある)
ギリシャ(FIP)制限なし月3,500ユーロ(約62.6万円)以上(配偶者・子の分は加算)ギリシャに住むことが前提の制度届かない

この表からわかるのは、「年金額だけ」で条件を満たせる国は多くないということです。フィリピンのSRRVは、単身なら月US$800(約12.6万円)の年金と預金US$15,000(約236万円)(50歳以上)で申請でき、年金の基準は厚生年金の平均額で届きます。一方、タイの収入基準(月65,000バーツ(約30.5万円))は夫婦のモデル年金(月237,279円)より高く、ポルトガルのD7も夫婦2人なら月1,380ユーロ(約24.7万円)が必要です。年金額が基準に届かない場合や、まだ年金を受け取っていない人は、預金や資産で条件を満たす方法が中心になります。MM2Hは物件の購入が必須のため、預金と合わせた必要資金はマレーシアMM2Hの条件と費用で確認してください。

各国の詳しい条件と費用は、タイ移住の条件と費用、マレーシアMM2Hの条件と費用、マレーシア移住の条件と費用、ポルトガル移住のビザの種類と条件、ギリシャ移住のビザの種類と永住権の条件で解説しています。

海外に住む日本人は、タイが72,113人、マレーシアが19,690人、フィリピンが13,342人です(外務省、2025年10月1日現在)。

よくある質問

海外に移住すると、今まで払った年金はもらえなくなりますか?

もらえます。受給資格(10年)を満たしていれば、海外に住んでいても受け取れます。日本国籍の人が20歳以上60歳未満で海外に住んだ期間(1986年4月以降)はカラ期間として受給資格に数えられるため、たとえば日本で8年納めて海外に12年住めば、8年分の年金(令和8年度で年169,460円)を受け取れます。

海外に住むと年金額は減りますか?

年金額の計算は国内に住む場合と同じです。ただし、①非居住者として20.42%の源泉徴収がかかる(租税条約で免除される国もある)、②年金生活者支援給付金は支給されない、③海外の口座で受け取ると為替と手数料の影響を受ける、という点で、手取りは変わります。

住民票を日本に残したまま、年金で海外に住めますか?

1年以上海外に住む場合は、住民票の国外転出届が必要とされています。住民票を残すと、国民健康保険や介護保険の資格と保険料、住民税の課税も続きます。実際には海外に住んでいるのに国内居住として扱い続けることは、制度上想定されていません。

日本の口座と海外の口座、どちらで受け取るのがよいですか?

どちらも指定できます(ゆうちょ銀行は不可)。日本の口座は円のまま貯められ、日本での支払いにも使えます。海外の口座は現地でそのまま使えますが、タイ・マレーシア・フィリピンなどは米ドルで送金されるため、現地通貨への両替コストがかかります。生活費の通貨と、日本に残る支払い(保険料・税金など)の有無で決めるのが現実的です。

現況届を出し忘れたらどうなりますか?

年金の支払いが一時止まります。現況届が届けば、止まっていた分はさかのぼって支払われます。現況届は誕生月の3か月前に届くので、在留証明の取得を早めに進めてください。

移住後に日本へ戻る場合の手続きは?

年金は「年金受給権者住所変更届」で日本の住所を届け出ます。海外の口座で受け取っていた人は「年金受給権者 受取機関変更届」で日本の口座に切り替えます。市区町村では転入届とあわせて国民健康保険(75歳以上は後期高齢者医療)の加入手続きを行い、日本の居住者として年金の課税も国内の方法に戻ります。

まとめ:年金で海外移住するなら、ビザ・税金・医療保険を同時に決める

日本の年金は、海外に住んでいても受け取れます。受給中の人は、出国前に「外国居住年金受給権者 住所・受取金融機関 登録(変更)届」を出し、毎年の現況届と在留証明を欠かさないこと。受給前の人は、任意加入するか(5年で年約10.6万円の上乗せ)、カラ期間として受給資格だけを確保するかを選び、受給開始年齢になったら自分で年金請求書を出すこと。どちらの人にも共通するのは、①日本の源泉徴収(20.42%)が租税条約で免除される国かどうか、②移住先の民間医療保険に入れるか、③年金額か預金でビザの条件を満たせるか、の3点を移住先を決める前に確認することです。

当事務所は海外移住・永住権・市民権取得のご相談を承っています。年金で暮らす移住については、どの国のどのビザが年金額と資産に合うかの整理、出国前後の手続きの順序についてご相談いただけます(年金の請求手続きや税務申告の代理は行っていません)。ビザ申請で求められる戸籍謄本などの英訳、アポスティーユ・公証などの認証手続き、海外からの戸籍謄本の取り寄せは当事務所で対応しています。

参考(一次情報・出典)

本記事の制度・金額は2026年9月29日時点の公表情報にもとづきます。円換算は1米ドル=157.46円、1ユーロ=178.92円、1タイバーツ=4.69円(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 2026年9月29日 公表仲値)。

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